M&Aのマッチングとは、売り手(譲り渡し側)の希望や条件に合う買い手(譲り受け側)を見つける工程です。「中小M&A専門人材(個人)向け 使命、倫理・行動規範、知識スキルマップ」(以下、スキルマップ)は、マッチングの目的を「依頼者のニーズや求める条件に合致するM&A取引の相手側を発見するため」としています(スキルマップp.50)。
この記事では、相手探しの流れと、そこで使うノンネーム・シート、企業概要書(IM)、ロングリスト・ショートリストを、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)(以下、ガイドライン)とスキルマップに沿って整理します。中小M&A資格試験に向けたシリーズの記事です。売り手の会社の値段の決め方は、企業価値評価の記事で説明しました。
マッチングの流れ:社名は、関心を示した相手にだけ出す

ガイドラインは、マッチングの通常の流れを次のように説明しています(ガイドラインp.44)。
- 売り手が特定されない「ノンネーム・シート」を、数十社程度に絞り込んだリスト(ロングリスト)の会社に送って打診する
- 関心を示した候補先から、買い手になりうる数社をリスト(ショートリスト)にする
- これらの会社と秘密保持契約を結ぶ
- 売り手についての企業概要書を渡し、その後の支援を進める
秘密保持契約の中身は秘密保持契約と仲介契約の記事で説明しています。売り手は、マッチングを希望する候補先や、打診を避けたい先があれば、前もって仲介者・FAに伝えておくことが望ましいとされています。打診する順番についても、仲介者・FAと十分に話し合うことが求められています(ガイドラインp.44)。
スキルマップは、マッチング全体を通じて、依頼者が優先したい条件(譲渡額、成立のタイミング、シナジーなど)をふまえて最適なマッチングを支援すること、依頼者から求められたら速やかに進み具合を報告することを求めています。マッチングが当初の想定より長くかかることもあり、月額報酬制の場合は、必要に応じて依頼者と協議して月額報酬の減免などに応じることが望ましい、ともしています(スキルマップp.51)。
ノンネーム・シート:会社が特定されない書き方
ノンネーム・シート(ティーザー)は、売り手が特定されないように企業の概要を簡単にまとめたもので、買い手候補に関心があるかどうかを打診するために使います(スキルマップp.52)。
- 書くこと:大まかな所在地、業種、事業規模、業績、M&Aを考える理由など
- 業界によって、特定につながる情報の細かさが違う。ニッチな業界ほど、少しの情報で会社が特定されやすい
- 売上高などを1円単位で書くと、財務のデータベースなどで会社が特定されるおそれがある
- 売り手が出したくない情報が出ないよう、書く内容は売り手の合意を得る
- そのうえで、秘密保持に問題が出ない範囲で、買い手候補が関心を持てる情報も入れる
いずれもスキルマップp.52の記載です。
企業概要書(IM):強みと一緒にリスクも書く
企業概要書(IM:Information Memorandum)は、秘密保持契約を結んだあとに買い手候補に見せる、売り手の具体的な情報(実名、事業や財務の情報など)をまとめた資料です。仲介者・FAが、売り手から受け取った情報をもとに作ることが多いとされています(スキルマップp.53)。
- 買い手が関心を持つよう、M&Aの検討で大事な情報や売り手の強みを書く
- 同時に、想定されるリスクとその対応策も書く
- DDなどであとからIMと違う点が見つかると、信頼を失うので、うそや過度な誇張がないよう注意する
- IMを作る時点でわからないリスクもあるので、ディスクレーマー(免責の記載)などで留保する
- IMづくりに時間をかけすぎて、打診を始めるのが大きく遅れないようにする
リスクについては、簿外債務、未払賃金、訴訟や紛争、事業に必要な許認可などをあらかじめ予想し、判明したら早い段階でIMに反映することが求められています。売り手が開示をためらう場合でも、遅くとも基本合意の前には、判明しているリスクを開示する必要があります(スキルマップp.53〜54)。
ロングリストとショートリスト:仲介者の都合で作らない
| ロングリスト | ショートリスト | |
|---|---|---|
| 中身 | 買い手になりうる候補先(数十社程度が多い)の基礎情報の一覧 | ノンネーム・シートを送って関心を示した候補先の一覧 |
| 作り方 | 売り手の課題・ニーズや希望をふまえ、シナジーが期待できる業界・会社の仮説を立て、データベースや過去の成約事例などから選ぶ | 売り手と相談して、期待できるシナジーをさらに具体化し、合理的な選定基準で絞り込む |
| 注意点 | 仲介者・FAの都合を優先しない。買い手の属性(事業会社か投資ファンドか)を示す | 不適切な買い手が入っていないか、公表情報などでスクリーニングする。載せる情報は公表情報だけ |
表は、スキルマップp.55〜56をもとに作りました。スキルマップは、ロングリストを仲介者・FAの都合で作ることを強く戒めていて、例として、リピーターだけを並べることや、仲介の形で契約しない上場企業などを外すことを挙げています(スキルマップp.55)。
買い手候補が、仲介ではなくFAの形での契約を希望した場合は、その希望を優先し、強引に進めないことも求められています(スキルマップp.55)。仲介とFAの違いは仲介とFAの違いの記事で説明しています。
ネームクリア:社名を出すのは、1社ずつ売り手の同意を得てから
ネームクリアとは、売り手の同意を得たうえで、買い手候補に売り手の社名を含む情報を開示することです。スキルマップは、秘密保持を徹底する観点から、ネームクリアは原則として相手ごとに個別に売り手の同意を取ってから行う必要がある、としています(スキルマップp.59)。
- 一定の基準を決めて任せてしまうと、売り手が望まない相手に開示されるリスクがある
- 売り手から指示があれば、すぐにネームクリアをやめることを明示的に約束する
- IMを送った相手から情報がもれないよう、相手の社名の透かしを入れるなどの工夫が望ましい(スキルマップp.60)
M&Aプラットフォーム:安く探せるが、ネットに出た情報は消しにくい
M&Aプラットフォームは、インターネット上で売り手と買い手のマッチングの場を提供するウェブサイトです。スキルマップは、登録のメリット(低いコストでマッチングを進められる)と注意点(開示する情報の検討など)を説明したうえで、登録するかどうかを売り手と相談することを求めています(スキルマップp.57)。
- インターネット上に情報が流出すると、完全に消すことは難しいので、公開する情報の内容は慎重に検討する
- 法人・個人を問わず閲覧できるものもあれば、法人に限るものもある
- 売り手は手数料がかからないケースが多く、買い手はクロージング時に成功報酬がかかる形が多い(いずれもプラットフォームごとに確認が必要)
- 関心を示した買い手全員にIMを送るのではなく、送ってよいか売り手に都度確認する(スキルマップp.59)
相手探しを頼む先は、1社か複数か
ガイドラインは、マッチングの支援を1つの支援機関に頼む場合と、複数に頼む場合の利点・留意点を比べています(ガイドラインp.44〜45)。
| 1つの支援機関に頼む | 複数の支援機関に頼む | |
|---|---|---|
| 利点 | 秘密保持の面での不利益や、評判が傷つくリスクが比較的小さい。情報の管理がしやすい。専任なら、より積極的に取り組むとの指摘もある | 各支援機関のネットワークをいかし、幅広く候補先の紹介を受けられる場合がある。支援機関同士が競うことで、より魅力的な候補先が期待できるとの指摘もある |
| 留意点 | 紹介を受けられる候補先の質や数が、その支援機関の力量に左右される | 同じ売り手の情報が同じ買い手に複数から届き、「情報が出回っている」と受け取られることがある。情報の管理が煩雑になる。どの候補先と本格的に交渉するか判断しにくい場合がある |
仲介契約・FA契約に専任条項や秘密保持の条項がある場合は、ほかの支援機関に重ねて頼むことは通常は難しくなります(ガイドラインp.44)。
相手が見つからないとき
ガイドラインは、リストの候補先とのマッチングが続けて不調に終わっても、あとから事業を評価する相手が現れて成立する可能性は十分にある、としたうえで、それでも見つからない場合は、M&Aプラットフォームの活用を含め、別の支援機関への依頼も検討するよう書いています。その場合は、元の仲介者・FAに相談して了承を得るか、了承が得られなければ契約期間の満了を待つか解約してから頼む、といった対応が考えられます(ガイドラインp.46)。契約が終わったあとのテール条項にも注意が要ります。公的な相談先として、事業承継・引継ぎ支援センターもあります。
クイズ:ノンネーム・シートと、頼む先
次の材料で考えます。
- 売り手:宮城県内の小さな精肉の加工会社。県内で同じ業種は数社しかない
- 前期の売上高:1億2,345万6,789円
- 従業員:15人
- 仲介会社と専任条項つきの仲介契約を結んでいる
Q1. ノンネーム・シートに「宮城県〇〇市(実際の市名)の食肉加工業、売上高1億2,345万6,789円」と書くのは、適切?
答えを見る
適切ではありません。県内に同業が数社しかないニッチな業種で、市名まで書き、売上高を1円単位で書くと、財務のデータベースなどで会社が特定されるおそれがあります(スキルマップp.52)。
「東北地方の食肉加工業、売上高1億円台」のように、大まかな所在地と規模にとどめ、書く内容は売り手の合意を得ます。従業員数は、この判断には使いません。
Q2. 売り手は「もっと多くの相手を紹介してほしい」と、別の仲介会社にも頼みたいと考えた。どうする?
答えを見る
専任条項がある場合、ほかの支援機関に重ねて頼むことは通常は難しくなります(ガイドラインp.44)。まず今の仲介会社に相談して了承を得ます。了承が得られなければ、契約期間の満了を待つか、解約してから別の支援機関に頼む、といった対応が考えられます(同p.46)。
複数に頼むと、同じ情報が同じ買い手に複数から届き、「情報が出回っている」と受け取られるリスクもあります(同p.45)。
Q3. 仲介会社が「この3社にまとめて社名を出してよいですね」と言ってきた。売り手が確認すべきことは?
答えを見る
ネームクリアは、原則として相手ごとに個別に売り手の同意を取ってから行うものです(スキルマップp.59)。3社それぞれについて、出してよい相手か(競合や取引先との関係など)を確かめてから同意します。
あわせて、売り手の指示があればすぐにネームクリアをやめてもらえるかも確認しておきます。
まとめ
- マッチングは、ノンネーム・シートで数十社に打診し、関心を示した数社と秘密保持契約を結んでから、企業概要書(IM)を渡す流れが通常
- ノンネーム・シートは売り手が特定されない書き方にする。ニッチな業界や1円単位の売上高は特定につながる
- IMには強みと一緒にリスクも書き、うそや誇張をしない。判明したリスクは遅くとも基本合意の前に開示する
- ロングリストは仲介者・FAの都合で作らない。ショートリストの段階で不適切な買い手をスクリーニングする
- 社名を出すネームクリアは、相手ごとに売り手の同意を得てから。M&Aプラットフォームは安く探せるが、ネットに出た情報は消しにくい
次は、不適切な譲り受け側の記事に進みます。シリーズの一覧は事業承継・M&Aのまとめページにあります。
事業承継やM&Aを考える前の段階から、会社の数字を一緒に見る相手として、中小企業診断士の顧問を月3万円・定員3社でお受けしています。月1回の面談で数字を一緒に見て、次の一手を決めます。それ以外の日は、LINEでいつでも相談できます。
決算書を渡されたとき、診断士が最初に見る「5つの数字」
決算書のどこから、どの順番で見るかを、A4・3ページにまとめました。LINEで友だち追加すると、すぐに届きます(無料)。
すでに友だちの方は、トークで「5つの数字」と送ると届きます。
友だち追加のあとも、資金繰り表や銀行に行く前のチェック表など、Excelの道具を1か月かけて順番にお届けします。

