不適切な譲り受け側とは、M&Aのあとで、最終契約で約束したことを守らない、売り手の会社のお金を抜き取るといった行為をする買い手のことです。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)(以下、ガイドライン)は、例として、M&Aの成立後に売り手の会社の資金を個人の口座に送金する、売り手の経営者保証を引き継ぐ想定だったのに引き継がない、といった行為を挙げています(ガイドラインp.100)。
この記事では、仲介者・FAが買い手をどう調べるか、問題の情報を得たらどうするか、業界で情報を共有する「特定事業者リスト」とは何かを、ガイドラインと中小企業庁の文書に沿って整理します。中小M&A資格試験に向けたシリーズの記事です。試験科目一覧(現状案)でも、「不適切な譲り受け側に関する調査」は、特に重要度が高く優先的に出題する項目に挙げられています。
なぜ問題になったのか:保証を移さず、お金を回収する買い手
中小企業庁の文書「不適切な譲り受け側に係る情報共有の仕組みについて」(2025年2月)は、M&Aの成立後に売り手の経営者保証を買い手に移す想定だったのに移さないまま、売り手の会社の現預金などを回収し、資金繰りを悪化させて倒産に至らせる、といった買い手の存在が指摘されている、と書いています(p.1)。
売り手の社長から見ると、会社は手放したのに、会社の借入れの保証人のまま残り、その会社が倒産する、ということになります。こうした問題を受けて、2024年8月にガイドラインが改訂され、仲介者・FAに買い手の調査などが求められるようになりました(同p.1)。経営者保証の扱いは、M&Aの手法によっても変わります(株式譲渡と事業譲渡の違いの記事)。
仲介者・FAに求められる3つの取組
ガイドラインは、不適切な買い手をできるだけ排除するため、仲介者・FA(M&Aプラットフォーマーを含む)に、少なくとも次の取組を求めています(ガイドラインp.100〜103)。
- 買い手に対する調査
- 不適切な行為の情報を得たときの、組織としての対応
- 業界の中で情報を共有する仕組みへの参加
ただし、ガイドラインは、調査には限界があり、買い手の信用を保証するレベルで調べるのは難しい面もある、とも書いています(p.100)。
① 買い手に対する調査:5つの項目
調査の目的は、買い手が最終契約を守り、売り手の事業を引き継ぐ意思と力があるかを確かめることです(ガイドラインp.100)。ガイドラインは、調査の概要の例を次のように示しています(p.101〜102)。

| 調査項目 | 調べ方の例 | 調べる内容 |
|---|---|---|
| 財務状況 | 買い手の財務諸表 | 債務超過・赤字でないか、現預金の額など、M&Aを実施できる財務状況か |
| コンプライアンス | Web上の不芳情報の検索、社内のデータベース、業界の情報共有の仕組み、外部のデータベース・調査会社 | 反社会的勢力に当たらないか、M&Aに関するトラブルがないか。買い手本人に加え、経営者、役員、主要株主、関連会社まで |
| 事業実態 | 商業登記簿、Webの地図、事業所の訪問 | 事業の実態があるか、相手が代表者・役員として登記され、契約を結ぶ権限があるか |
| 最終契約の実行可能性 | 財務諸表、預金通帳、融資証明書 | 譲渡対価を払えるか。借入れで払う予定なら、金融機関との調整状況 |
| その他 | 買い手へのヒアリング、過去の売り手からのクレーム、業界の情報共有の仕組み | M&Aに取り組む背景、過去のM&Aで売り手とトラブル(最終契約の不履行など)になっていないか |
いつ調べ、売り手に何を説明するか
- 調べる時期は、買い手と仲介契約・FA契約を結ぶ前(M&Aプラットフォームなら登録前)に加え、手続が進む中でも行い、最終契約までに十分に確かめる(p.100)
- 売り手には、仲介契約・FA契約を結ぶ前に、調査の概要を説明しなければならない。売り手から依頼があれば、調査の内容の見直しを検討しなければならない(p.101)
- 調べ方を変えるときは、変える内容を理由とともに説明する(p.102)
- 遅くとも最終契約の前までに調査し、リスクが見つかったら、開示できる範囲で結果を売り手に報告し、取引をするか、最終契約にどんな条項を入れるかを話し合う(p.102)
慎重さは、案件によって変わる
必要な調査の細かさは、買い手の信頼性や売り手の財務状況によって違います。売り手が債務超過の場合など、買い手の信用が特に重要になる案件では特に慎重に調べ、少なくとも決算公告や税務申告書で買い手の財務状況を確かめることが求められます。一方、保証債務が移らず、簿外債務を切り離せる事業譲渡のように、取引の形によっては調査の必要性が低い場合もある、とされています(ガイドラインp.101)。
② 不適切な行為の情報を得たとき:担当者で止めない
過去に支援した買い手について、最終契約の不履行などの情報を得た場合、仲介者・FAは、その情報を担当者にとどめず組織で共有し、その買い手を支援するかを慎重に検討する体制をつくらなければなりません(ガイドラインp.102)。
- その買い手を新たに支援するかは、情報の中身を精査し、売り手が同じような不利益を受けるおそれを考えたうえで判断する
- 支援する場合は、担当者1人の判断ではなく、組織としての判断による。判断は記録し、あとから検証できるようにする
- 仲介者の場合は、買い手の不適切な行為の情報を得ていれば、売り手に開示することが求められる(p.102〜103)。仲介者の利益相反については仲介とFAの違いの記事で説明しています
③ 業界で情報を共有する:特定事業者リスト
ガイドラインは、個々の会社の取組に加えて、不適切な行為をした買い手の情報を業界内で共有する仕組みを求めています。仲介者・FAは、仲介契約・FA契約を結ぶ前に、この仕組みに参加しているかどうか(参加していなければその旨)を、依頼者に説明しなければなりません(ガイドラインp.103)。
この仕組みとして、一般社団法人M&A支援機関協会が「特定事業者リスト」を運営しています。2024年10月1日に始まり、2025年4月1日に、先の中小企業庁の文書に沿って大きく改訂されました。リストに登録される主な事由は次のとおりです(協会ウェブサイト、2026年10月31日閲覧)。
| 事由 | 内容(要約) |
|---|---|
| 1号 | 売り手側の保証債務や担保の解除が最終契約までに合意されたのに、M&Aの実行日から60営業日たっても解除されていない |
| 2号 | 解除が合意されたのに、実行日から10営業日たっても、買い手が金融機関に解除の相談をしない |
| 3号 | 金融機関が解除できない、または条件をつけた場合に、20営業日以内に、買い手が借換えや一括弁済などで解除しない |
| 4号 | 分割払いの譲渡対価や、後払いの退職慰労金が、期日を過ぎても払われない |
| 5号 | その他、悪質で、売り手側に重大な損失を与え、M&A取引の健全性を著しく損なう行為(協会が調べ、買い手に弁明の機会を与えたうえで判断) |
- 1〜4号は、協会に報告されるとすぐに登録される
- 登録されるのは、社名、法人番号、代表者名、役員名、登録日、登録事由、備考で、最低10年間残る
- リストを使えるのは、協会の会員など140社(2026年10月28日時点)のほか、全国の事業承継・引継ぎ支援センターと中小企業基盤整備機構
中小企業庁の文書は、情報が共有された買い手との取引をやめるよう参加者に強制すると、独占禁止法上違法になる可能性があるため、取引するかどうかは参加者がそれぞれ自分の責任で判断する必要がある、としています(p.2)。
スキルマップでは:リストの段階でふるいにかける
「中小M&A専門人材(個人)向け 使命、倫理・行動規範、知識スキルマップ」(以下、スキルマップ)は、マッチングの各段階でも、不適切な買い手への備えを求めています。マッチングの流れはマッチングの記事で説明しました。
- ショートリストを作る段階で、不適切な買い手が含まれていないか、公表情報や社内のデータベース、業界の情報共有の仕組みから得られる情報(反社会的勢力に当たるか、過去のトラブルの有無など)でスクリーニングする(スキルマップp.56)
- 秘密保持契約では、機密情報を共有してよい先として、不適切な買い手の情報共有の仕組みを運営する業界団体などを書き加えることが望ましい(同p.58)。秘密保持契約は秘密保持契約と仲介契約の記事で説明しています
売り手が、契約の前に確かめること
ここまでの内容を、売り手の側から見ると、仲介者・FAと契約を結ぶ前に、次の点を確かめておくことになります。
- 買い手をどう調べるのか(調査の概要)の説明を受けたか
- その仲介者・FAが、業界の情報共有の仕組みに参加しているか
- 経営者保証や担保の解除を、最終契約にどう書き、いつまでに解除するか
クイズ:不適切な譲り受け側
次の材料で考えます。
- 売り手:宮城県内の小さな運送会社。社長が会社の借入れの保証人になっている
- 前期は債務超過
- 手法は株式譲渡
- 従業員:20人
Q1. この案件で、仲介者は買い手の財務状況をどこまで確かめることが求められる?
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売り手が債務超過で、買い手の信用が特に重要になる案件なので、特に慎重に調べ、少なくとも決算公告や税務申告書で買い手の財務状況を確かめることが求められます(ガイドラインp.101)。
株式譲渡なので保証債務は会社に残ったまま引き継がれ、事業譲渡のように調査の必要性が低い形ではありません。従業員数は、この判断には使いません。
次の材料で考えます。
- 最終契約で、社長の保証の解除に買い手が努力すると合意した
- M&Aの実行日から15営業日たったが、買い手はまだ金融機関に解除の相談をしていない
- 譲渡対価は一括で支払い済み
Q2. M&A支援機関協会の特定事業者リストでは、どの事由に当たる?
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2号事由に当たります。解除の合意(努力義務として合意した場合も含む)があるのに、実行日から10営業日を過ぎても、買い手が金融機関に解除の相談をしていないからです。
60営業日を過ぎても解除されていなければ、1号事由にも当たります。譲渡対価は払われているので、4号事由には当たりません。
Q3. 仲介会社が「リストに載っている会社とは取引しないよう、協会から強制されている」と説明した。正しい?
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正しくありません。中小企業庁の文書は、情報が共有された買い手との取引停止を参加者に強制すると独占禁止法上違法になる可能性があるため、取引するかどうかは参加者が自分の責任で判断する必要がある、としています(p.2)。
ただし、ガイドラインは、不適切な情報を得た買い手への支援は慎重に検討し、行うなら組織的な判断によることを求めています(p.102)。
まとめ
- 不適切な譲り受け側とは、最終契約の不履行や、保証を移さないまま会社のお金を回収するといった行為をする買い手
- 仲介者・FAには、買い手の調査、不適切な情報を得たときの組織的な対応、業界の情報共有の仕組みへの参加が求められる
- 調査は、財務状況・コンプライアンス・事業実態・最終契約の実行可能性・その他の5項目。売り手が債務超過なら特に慎重に
- 仲介契約・FA契約の前に、調査の概要と、情報共有の仕組みへの参加の有無を売り手に説明する
- 特定事業者リストは、保証の解除の遅れや分割払いの不払いなどがあった買い手を登録し、会員や事業承継・引継ぎ支援センターで共有する。取引するかは各社が判断する
次は、意向表明書とトップ面談の記事に進みます。シリーズの一覧は事業承継・M&Aのまとめページにあります。
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